大昔の、夏の思い出

いつの間にか夏が終わりました。お盆を過ぎたあたりで鈴虫やコオロギなど秋の虫が一斉に鳴き始め、月の変わった今では朝晩涼しいというより肌寒くも感じる那須高原です。ところで皆さんは一番古い子供の頃の記憶ってどんなものでしょう? ワタクシが思い出せるのは、小1の夏の日です。

あの頃ワタクシの家は三軒長屋のような借家で、チャコという雑種犬を飼ってました。近くにはゴミ捨ての穴が掘られていて、「100回入った人が隊長」と言い出した山下君が自称100回飛び降りて隊長に就任しました(笑)。その先には木の塀があって、下の隙間をくぐって抜けると一面菜の花畑でびっくりした覚えがあります。

家の前には広い道路が走っていて、道路の向こうにある駄菓子屋によく行きました。駄菓子屋の横は空き地で、ある日そこに救世軍がテントを張って催しをやっていたので独りで潜入してお菓子か何かもらったと思います。家の裏は竹林。小川も流れていて、小さな橋を渡って竹林を抜けると土手になり、ばあちゃんに連れられて土手の先にある小さな商店にお使いに行きました。
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当時はまだ網戸があまり普及してなかったのかな。夏はどの家も窓や戸が開けっ放しでした。ちゃぶ台の上には蝿帳が置かれていたし、寝る時は蚊帳を吊りました。なるだけ隙間を開けずかつ素早く出入りしないと蚊が中に入っちゃうので寝るときはいつもドキドキでしたね。パブロフの犬的なものなのか、蚊帳に入るととたんに眠くなったものです。ばあちゃんが蚊帳の外から団扇でやさしくあおいでくれてたし。

昔はまだまだ裸電球で室内は薄暗かったんですが、それでも電球めがけて飛んでくるカナブンは良い遊び相手でした。緑色でぴかぴか艶のあるヤツが好きだったんだけど、たいてい捕まえるのは薄茶色でくすんだヤツ。まぁ何色のヤツでも結局胸と胴の継ぎ目の隙間に糸を回して飛ばして遊ぶんですけど。

夕方外に出て、隣の家の庭に咲いていた自分より背の高い月見草(待宵草?)を皆で眺めたのを覚えています。夜しか咲かない花っていうのが神秘的だった。ウチの庭には松葉牡丹や鶏頭が咲いていて、それらは今でも好きな花です。あと、道のそこかしこには白粉花がありました。反対側のお隣にはテレビがあって、縁側に座ってボストークだったかスプートニクだったかの打ち上げの様子を見せてもらいました。家ではラジオで相撲中継やのど自慢を聞いていました。のど自慢は特に「10!10!10!、30てーん」なんて感じでテンポ良い採点の読み上げが楽しかった。

当時は小さな子供がいつ誰とどこで遊んでいるか、どこの親もあまり気にしてなかったと思います。あの頃のボクたちは毎日が冒険と発見と退屈と危険と隣合わせでした。昭和40年、ワタクシの夏の思い出です。
by raspberryfarm | 2018-09-04 12:44 | 番外編

ラズベリーファームのオーナーが綴る、那須高原の今!


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